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2010年11月09日

会社を辞めた話。

 11月8日の朝9時前、私は「今日も頑張ろう!」とツイートしていました。会社は嫌いだけど、今週もそこそこ頑張るつもりではありました。

 でもそれが、夕方5時には12月末で退職することになってました。

 11月8日に何があったのか、そこに至るまでの伏線は何があったのか、語ってみたいと思います。

 実は、6月2日に上司の勘違いで社内報の記事を書く仕事から外されるという事件がありました。当然、人間は勘違いするものですから、その後のフォローと修正をすればいいのです。しかし、上司はなんと、嘘をついて誤魔化すという暴挙に出たのです。しかも、嘘をつかれた瞬間に、嘘とわかるような下らない、安い嘘……。

 その時から、私は心のどこかで辞める決意を固めていました。あとは、タイミングの問題だけ。
 それでも、契約社員から正社員へ登用してくれた会社ですし、給与も待遇も地方都市にしてはすばらしい内容ですし、できれば続けたいという気持ちはどこかに持ち続けてはいました。

 6月以降は、毎日「辞める」「続ける」が振り子のように揺れていて、どちらに振り切れるにも勢いが足りない状況が続いていました。ただ、決定的に「続ける」に振れるような出来事はなく、人間性を削り取られるような、暗澹たる気持ちになるような、そんなことばかりが繰り返されました。そういう意味では「辞める」が既定路線になるための期間が6月2日から11月8日だったように思われます。

 それでもなぜ6月2日から半年の間なぜ耐えられたのか。
 それはこの会社に勤めてからの2年間で見てきた社内の事情のおかげで、私もある程度慣れていたからだと思います。それに、しょうもない事ばかりの毎日でも、社内には頑張っている人がいるという事実も、もちろんよくわかっていました。
 この半年の間、「私はお客様と、社内で頑張っている人たちの方を見て仕事をしよう」という意識で仕事に対するモチベーションを維持してきました。具体的には来客スペースの清掃を心がけたり、自分が支援できる仕事は他部署であってもできる限り支援をしたり、新しく就労された人への声かけもつとめるようにしていました。そういった事をすることで、6月2日に極限まで下がってしまった仕事に対する意欲をだいぶ立て直せたのは、自分の中では大きな収穫でした。

 決定的に「辞める」理由もなく、さりとてこの環境で今後複数年に渡って健康的に仕事ができる気もせず、そんな日々が11月8日の朝まで続いていました。ただ、頭の中には、ぼんやりと来年の夏までは頑張れそうかな、という思いはありました。

 「辞める」決意を決定的にする出来事が11月8日に起きる前にも、多少の事は幾つかありました。
 10月に就労した方が、能力的に担当業務には不向きで、更に香水の臭いがきつく、隣の席に座る私にとっては心身ともに疲弊する状況が発生していたというのも、その一つです。
 この方は当初、私の担当する業務の一部を担う予定だったのですが、能力的に不可能ということが判明し、私は削減できる業務がないまま新たな業務を受け持つ公算が大となっていました。そのことは、上司にも伝えましたし、十分理解されていたはずです。それでも、私に新たな業務を振ることだけが進行していました。
 ただ、そのことで「辞める」つもりはありませんでした。
 自分で云うのもおこがましいですが、私は仕事のペース配分を考えることが得意なので、ある程度であれば業務が増加しても対応する自信はありました。時間と労力をかけるところさえ見極められれば、業務増をそのまま時間増にしない工夫ができるのです。

 それでも、最後の出来事は起きました。

 11月8日午前9時過ぎ、今日も隣の席は一段と香水臭く、私は席に着いた瞬間から気持ちが悪い状況でした。そのことで、苛ついた気持ちはありました。
 そこに他部署の管理職から業務依頼の内線がありました。依頼を受けるに当たっては、経緯を確認するのが基本ですから、幾つか確認事項を質問しました。けれど、その管理職はおおよそ依頼する態度ではなく、自分の都合ばかりを主張し最終的には「こっちがこう云ってるんだから黙ってやれよ」といわんばかり、横柄そのものでした。
 社内には横柄で威圧的な態度を取る人間が多数います。特にこの管理職は以前からそういう傾向があるのはわかっていました。ただ、他部署の管理職ですから、関わり合いも多くはなくこれまでは「ああ、そうですか」くらいの対応で済ませてきました。本来なら、今日も「また云ってる」程度のことだったのかもしれません。

 今日は、何が今までと違ったのか。
 言葉にするなら、色々な事の蓄積、としか書きようのない気もします。
 ただ、内線の間ずっと私の中で「もう、この会社でこういう人間と関わり合いになるのは嫌だ。自分の人間性をすり減らしてまでする仕事なんて世の中にない」という気持ちだけが渦巻いていました。

 そこからはあっという間でした。
 依頼された業務の傍ら、母に電話で状況を説明し、「今日、辞意を伝える」と宣言。続いて、日頃社内のことを話す同僚にも電話をし同様の説明。その後、労務担当者に給与と有給の確認。

 この時点で、辞意とは別の案件で、夕方に部内の打ち合わせが行われることがわかったので、夕方の打ち合わせよりも前に上司に対して辞意を伝える方が良いと判断。ここは微妙な駆け引きだったので、すっぱりと辞めるという判断を下したのは成功だったと思います。

 上司に対しては午後3時前に廊下で「12月末で退職します」と伝えました。驚いた表情でしたが、ここはさらっと終了。夕方の打ち合わせ前に、上司と個人面談を行うことになりました。

 個人面談は、「辞めるんですか」「辞めます」程度の内容。私からは「以前から辞めるつもりはあった」とだけ説明。この後の部内の打ち合わせ時に辞意に関連する話もすることとして、具体的なあれこれは控えたまま、部内の打ち合わせに突入。
 何しろ、下らない嘘をつく上司なので、私の云ったことを勝手に変えられても困ります。上司との個人面談ではなく複数名いるところで退職理由の説明はしたかったのです。

 この部内の打ち合わせというのが、またアレで。あまりにも……なので控えますが、私は云うべきことはすべて云いきり、打ち合わせの本題は終了。
 その後、私の退職について、と思いきや、なんと上司はなかったことのように打ち合わせを締めようとするのです。理由は「慰留」しか考えられません。上司はこの場では伏せたままにしておきたかったのでしょうが、気持ちを決めた私は早いです。
 素早く上司に対して「いいんですか」と確認。なんと上司からはなんと、「は?」との返事なので「いいんですか(伏せといて、後で困っても知りませんよ)」と再度投げかけ。

 そこで、退職の事が部内にオープンになりました。この時点で、時刻は夕方5時。辞めると決めてから7時間、「今日も頑張ろう!」とツイートしてからは9時間でした。

 ここから、退職理由などの状況確認がはじまりました。上司との面談ではさらっとしか云いませんでしたが、今度は複数名人がいるので云ったことが歪曲される可能性は低いはずです。そこで、初めて「社内報の業務を外された時から退職することを決めていた、後はタイミングだけだった」という事、「8日の朝に起きた決定的な出来事とその感想」を説明。正直に「こんな状態の職場でやってゆける気がしない」ことも告げました。

 「辞める」最初のきっかけになった、勘違いで業務外しの件は上司の下らない嘘も含めて部内全員が知っている話だったので、同僚は「あっ」という表情でした。上司は余り表情を変えないままでしたが、自分が原因というの理解した様子でした。
 これだけはっきりと退職理由が出てくると慰留のしようもなく、それでも上司だけは「社長にはまだ報告していない」などと、含みを残そうとしましたが、むなしい雰囲気になるだけでした。

 そこから、私はウキウキです。先のことは何も決まってないけれど、とにかく、人間性を削り取られるような職場で、これ以上、嫌な人間にならないで済むと思うと心が楽になりました。明日は明日の風が吹く。何より自分で決めた事だから、前向きにこれから先に進めます。本当に、会社を辞めるって決めて良かった!!!
posted by まぐ at 04:38| Comment(0) | TrackBack(0) | *diary* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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