☆本ブログの内容には多分にオタク的な要素が含まれますのでご理解のある方のみご覧下さい。☆
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2013年05月17日

love is not enough.

昨日、父親と激しく口論になって、わたしも大概、云いすぎたんだけども、その時に気づいた。ああ、私、この人のこといらないんだって。

今年、父親はリタイアして、以来、金がないばかり云ってる。私に毎月小遣いを3万円くれとか、金もないなら病院に行かれない(別に大した病気でもなく、医者に行きたいだけの老人病)とか、飯も食えないとか、そんなことばかり云ってる。
他にも、問題行動はたくさんあって、車を使ってもガソリンを入れないし、洗濯を干せばシワだらけ、やたらと早い時間に風呂を入れて入りもしないし、暇人のくせに相変わらずメシマダ。母も私もフルタイムで働いて、遅い日だってあるのに、迷惑なMr.クレクレ君。
よほど気に入らないと殴るポーズをして威嚇するけど、本当に殴る根性はなく、脅すだけ。自分の方が強いと見せかけたいだけの虚しいポーズ。

そういう薄っぺらさって、別に今に始まった事じゃなくて、リタイアする前から何か気に入らなければ「稼いでいるんだぞ!」が常套句。
でも、まあ、世間の勤め人ほどには稼いでいないのだけれど…。退職金のない仕事だったし、何より稼ぎを増やす努力をしなかったのが痛い。バブルの時期には稼いだみたいなことを度々云うんだけど、それって、つまり、景気がいいからそのお零れに預かっただけで彼の能力ではないってこと。むしろ、その時に努力しなかったから貧乏になった訳で。なのに、自分の無能を晒しているとも気づかず、過去に稼いだ事をさも偉そうに云う。

だから、リタイアする前から、正直、死んでくれていいって思ってた。
…去年、親御さんを亡くした友達もいて、簡単にそんな事云ってはいけないよな、とも思うんだけど…死んでくれていい、んだよね…。

で、昨日、口論になった時に、父親が「稼がなくなったらいらないってことか」とかそんな事を口走ったのだけれど、稼ぐことが偉いという価値観で生きていると稼がなくなった時にそうなるのかと愕然とした。同時に、哀れに思えたし、勘違いジジイ死ねとも思った。

稼いでも稼がなくても、家族に愛される生き方はちゃんとある、と、私は思う。

生活する上で love is not enough (愛だけでは十分でない)なのは十分承知してるけど、でも、 love is not enough 、愛は最低条件でもあるのよ。

あの人は父親としてきちんと子供と向き合って話したり、考えたりしてこなかった。
子供が育つ上で必要な労働、送り迎えとか学校の行事とか、そういうこともしてこなかったし、気に入らなければ暴力で脅しもした。

あの人の生き方は、愛すらも足りてなかった。

あの人は稼いでいれば必要とされると思っていたけれど、実は稼いでいた時だって必要となんてされてなかった。

Love is not enough.

愛だけでは足りないけれど、愛があればこそ。

私は、自分のために生きて、そして誰かのためにも生きられる人になりたい。
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2009年01月04日

中東危機

 イスラエルの地上軍がガザに侵攻した、というニュースをCNNで見ています。当然、BREAKING NEWS扱いのLIVE放送です。

 私は自分が中学生から高校生くらいの頃、21世紀は20世紀と比べてずっと平和な世紀になるのではないかと思っていました。

 特に中東の和平についても明るい希望を抱いていました。
 1990年代初頭、父ブッシュの後を受けたクリントン大統領が中東和平の確立に向けて仲介に乗り出し、1993年にPLOの故アラファート議長とイスラエルの故ラビン首相が握手をするという歴史的な会談がアメリカで行われた時には、いつか憎しみも越えられるのではないかという希望が近づいたように思われました。

 しかし、ラビン首相は暗殺され、アラファート議長の死後PLOは求心力を失い対イスラエル強硬派のハマースが実権を握りました。その上、クリントン後の息子ブッシュはあまりに無力で、日本は平和の国を自認する割りに中東和平に無頓着で有りつつづけました。

 今日、中東で起きていることは、ただの宗教対立でも、ただの民族対立でもなく(私は民族という概念を否定する立場ですが…)、世界の無力の結果なのだと思います。

 今回の中東危機は、イスラエルのオルメルト首相が国内での支持を得るために、アメリカの政権交代時期を狙って、空爆を行い様子を見たところ、アメリカおよび国際世論が大きく批判しないので、地上軍の投入に踏み切ったのでしょう。ハマースがイスラエルに対して行っているロケットランチャーによる攻撃もイスラエル軍のガザ地区侵攻の良い口実になっています。

 12月19日より前の6ヶ月間は停戦できていたのに、停戦期間が終了した12月19日以降ハマースは挑発にしかならないロケット弾攻撃を行い、イスラエルはプロパガンダ目的としか考えられない空爆を行い、停戦合意は完全に破棄されてしまいました。

 イスラエルにこれ以上軍事力を行使させない為にはどうしたらよいのか。それは、もうアメリカが「イスラエルには同調できないという態度を強烈に示す」しかないんです。

 しかし、超絶死に体でやる気ナシで親イスラエルのブッシュは何もしないどころか、国連で採択されたイスラエルに即時攻撃停止を求める決議案に拒否権を行使しました。一縷の望みであるオバマ次期大統領は「自分はまだ大統領でない」という意の発言を数日前に行ってしまっています。
 では、日本はというと麻生総理は空爆が開始された直後にイスラエルに抗議したという報道が流れましたが、内政がこのザマの彼に何かが出来るとは到底思えず…。(派遣村で大騒ぎしてるご時世に豪華中華料理を食べに行ける神経が信じられない。)

 かと云って、まことに悔しいことに、私に何が出来るわけでもなく!!

 テレビを見ながら『かんべんしてよ』としか言葉が出てきません。
posted by まぐ at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

おいおい。

 首相がまたしても、政権を放り投げて逃げて行きました(笑)。
 こうなると、俄然2ちゃんが気になる私。だって、あそこの住人の発言って面白いんだもん。と思って、会見開始直前にニー速を見ようとしたら鯖が飛んでました。やるなぁ、福田。

 福田関連スレで見かけた面白発言
・TVタッ○ルの真裏とは、最後まで空気読めないんだな
・9月分の給料が出るから今日まで延ばしてたんだろう
・サミットやったし、五輪開会式行ったし、もういいかなと by福田
・オバマとマケインで選挙で負けた方に総理になってもらえばいいよ
・山拓先生がブルペンで投球練習を始めそうで怖い
・宇野と同レベルの記憶に残らない総理
・河野洋平だと異常事態感があって面白い
・もうヒラリー首相でいいわ

 福田関連スレで見かけた同感できる発言
・内閣総理大臣の椅子も軽くなっちゃったなぁ・・・


 他にも不謹慎な発言ゆえに面白いものも多々ありましたが、自重しておきます。
posted by まぐ at 04:06| Comment(4) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月17日

PSPにぞっこんメロメロ

 PSPの便利さに感動の嵐です。もう、手放せません!

使い方:その1
 ブルーレイデッキ(ソニー製 機種名BDZ-A70)で録画した内容をPSPに落として、会社の昼休みに堪能。おかげで、アニメもドラマもバラエティもガンガン消化できちゃいます。

使い方:その2
 お出かけの時には、シーンに合わせて使い方いろいろ!ウォークマン、ビデオ再生、テレビ。無線LANに加入すれば、ネットもできちゃう!
 先日のコミケでは、2日目の行きの電車でマクロスFを見て、会場ではウォークマンとして音楽を聴き、帰りの電車では精霊の守り人を見てと大活躍。時間を有効活用できちゃいました!
 ただし、ネットの使い心地としては、タッチペンがある分DSの方がいいかなぁ。ただし、PSPブラウザが内蔵だから、セッティングではPSPに分がある感じ。DSは別売りのDSブラウザを購入して、使う時にはセットをしなくちゃいけないんですよ。うーん、PSPにタッチペンがあれば最強だったなぁ。

使い方:その3
 インターネットラジヲで好きな音楽を聴き放題。
 インターネットラジヲのアドレスと再生用画面が内蔵されているので、簡単な設定を済ませれば、無線LAN環境のある所ならネットラジヲが聞けちゃいます。
 私が主に聞くのはカントリーチャンネルなんですけど、他にもクラシックからポップまで色々なチャンネルがあって、楽しい!
 布団の横に置いて寝るまでかけておいて、眠くなったら、スイッチ切るだけ。パソコンみたいに電源を落とす手間がないし、枕元に置いて邪魔にならない大きさでとってもGOOD!

使い方:その4
 PSPって本来はゲーム機なんですよね(笑)。だから、ゲームもできちゃうみたい。やったことないんだけど、そのうち、やるかも。やるなら清く正しく、乙女ゲーとか?かわいくって、たのしいゲームならやりたいかな。
posted by まぐ at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

ネット内の危機意識

 Seesaaブログのトップページには、更新されたページの紹介が出ていて、写真付きのブログは写真も一緒に公開されています。
 そういった写真の中には、子供の顔写真なども含まれているのですが、それって危機意識が薄すぎるんじゃないかと人ごとながら心配になります。

 誰がどこで見ているかわからないネットに、自分や友達、ましてや子供の写真を掲載してしまう…。ネットがこんなに普及する前(それこそ、大企業がHPを持ってないような頃)からのネットユーザーである私からしてみると殆ど気持ちが悪い位に危機意識がなさすぎるように思えます。

 デジタルデータは加工が容易だし、写真と一緒に居住地などがわかってしまったら直接的に身体に害の及ぶ犯罪にだって繋がる…。アクセス場所を特定するのが、存外簡単なのだということを知らないのでしょうか。

 別に自分の知り合いでも何でもないのだから、誰が何をしようが勝手なんでしょうけれども、拒否する力も知識もない子供の写真をネット上で見つけるとその子がかわいそうでなりません。犯罪に巻き込まれないことを心から願っています。
posted by まぐ at 13:11| Comment(2) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月30日

転職?天職?

 ここ二週間くらい、真面目に転職について考えています。

 仕事に何を求めるかって、人それぞれなんですけれども、私は、ともかくキツクないことなんです。仕事が楽な分、給料が安くってもいいって考えてます。なぜなら、仕事以外に自分のやりたいことが沢山あるから。

 でもね、実際そんな仕事はないのね。
 給料安くても、高くても、仕事はキツイ。給料の安い高いは資格がいるとかいらんとか、そんな程度。あとはバイトなのか派遣なのか社員なのかの違い。

 時給が安いバイトだってキツイ。シフトなんかの場合は穴埋めや臨時で振り回される。
 以前にファーストキッチンでちょこっとバイトした時なんか酷かった。前日とか二日前とかに電話がかかってきて「明日朝はいれますか」とか、当日「今日はお客さん少ないから、これで帰って」とか、逆に客が多いとかバイトのドタキャンとかで「3時間長くいて」とか。もう、散々。

 正社員で勤めても、キツイ。怒鳴り散らすレントゲン技師とか、会話をICレコーダーで録音する課長とか、そんなんで散々。

 派遣で勤めれば、時給はいいけれど、やっぱり時給だから、連休があれば一気に給料が2割減とか当たり前。夏休みだって社員は10日連続でも、私はそんなに休んだら生活できないから、土日絡めて3連休を2回が限界。その上、イベントごとには誘われて、断るのも角立つし、社員になりたい思惑もあったりなんかして、振り回されて、結局は散々。

 なんで、適当な(無難とか適度の意)仕事ってないんでしょうか。
 具体的には正社員の事務で、月に多くて10時間くらいの残業で、手取りで18万くらいってそんなに高望みかな?

 自分がどう生きていたいのかって考えてから、今の日本の世の中でどうやって生きてゆくのかって考えると、「私は無理だな」って結論になってしまう。でも、皆さんそれを普通にしてらっしゃるワケだ!

 私には、世間の普通は無理っぽいです!!

 まぁ、思い返してみても、規格外の生き方しかしてこなかったし、そのことを後悔したことも…ちょっとあったけど…それで良かったって思ってる。だって、今まで結構楽しかったもん。

 人生、やっぱり、楽しい方向に歩いて行った方がいいって思う。堪え性がない?でも、不満顔で毎日を過ごすよりも、失敗してもそれを糧にして立ち上がれるくらいの生き方のが好きだな、私。

 先週、会社のお姉さん達に、訊いてみたんです「どうやったら、同じ仕事を続けられるんですか。私、このエンドレスのデータ入力と出力に飽きてしまいました」って。
 そしたら、「あきらめるんだよ」って返事でした。

 なんか、納得。そら、そうだ。

 で、「やってみたい事ある」とか「金持ちと結婚したい」とか思っても、思ったままで、行動しないで生きてゆくワケだ。

 あー、そうかって、もう一つ納得。

 たぶん、たぶん、ですけれども、「諦めて、仕事を続けられる」ということは「やりたいことがあっても、何もしない」という、そういうモチベーションのありかたと一緒なんじゃないでしょうか。人生全体的に、ある程度諦めてる状態。

 あー、じゃ、私が仕事に飽きちゃうのも仕方ないなって。だって、私にはやりたいことも、目標も、夢もある。

 自己弁護!自己弁護!!

 とりあえず、自己批判の精神も大事だから、全てが自己弁護で書いてるって、自分にも云っておきますけど、ま、自己批判もやりすぎると、ウツになるから(笑)。
 自己批判が進むと、生きていられなくなります、確実に。自分が虫けら以下に思えて、過去に3回ほど本気で死のうとしました(笑)。

 折角、まだ生きているんだから、最悪ダメそうなら首括っちゃえば、いいし!!しんどい事すんの、もう、やめちゃおう!

 もう社会に振り回されるのは、御免です。

 幼少の頃、世間はバブルで、幼稚園には、田舎の幼稚園だったけれども、ふぉるくすわーげんの外車でお迎えの子とかいた。お金儲けて、いいべべ着て、海外旅行とか、そんなのが子供の目から見た社会。

 で、物心ついた頃には不景気。倒産とか夜逃げとか。学区内にあった塾がある日突然夜逃げしたという事件もありましたねぇ。あれは驚いた。そして、社会って苦しいところなんだと思った。中卒で就職する子たちの働き口がないって、先生たちが本当に悩んでるの見た。昔なら、新聞配達とか仲居さんとか、あったのにって。

 ともかく、大学でなくちゃ仕事にもありつけないって状況で大学は出てみたけれど、やっぱり就職は超氷河期。
 なにせ、学部でいっちゃん頭のいい、性質もいい子が、泣く泣く生保事務。
 職業に貴賤はありませんよ、でも彼女が15年早く生まれていたら、きっと、もっといい働き口を得て、彼女の才能を生かしていただろうなって、思う。彼女はそれでも「頑張るよ」って云ってた。偉いなって思ったよ。

 人間だから、社会でしか生きられない。特に、資本主義経済の中では社会に出ないと稼げない=食えないワケで。放棄したくても、放棄できず、あえて放棄したらニート!!でもやっぱり、そんな子を養うために親は社会に出ているとゆー(笑)。

 もう、生きている限りは社会に振り回されるのは決定事項なんですよ。それはミャンマーだって同じ。軍事政権の横暴に国民が振り回されてる。
 でも、社会に振り回されるのは御免だって、私は真剣に考えてしまう。

 ミャンマーの人、戦ったじゃん。結果、殺された人も沢山出てしまったけれど。
 ちょっと、私も戦ってみようかなって。まー、私の場合は死なないけれど。下手うっても、40代でワーキングプアくらいでしょ(笑)。

 そーだよなぁ、40代でワーキングプアくらいだよな、命までは取られない。(注:ワーキングプアを是認しているわけではありません。ワーキングプアは現代日本の大きな問題で、原因は政治にあるし、解決も政治を通してでしか出来ないと考えています。)まぁ、院卒で、ワーキングプアって情けない人生だけど。

 でも、ワーキングプアって努力とは違う次元の問題ですからね。私は、たとえワーキングプアに陥ろうときっと、その場で努力すると思う。
 わー、もの凄く、甘ちゃんな事云ってるなって思うよ(笑)。

 嗚呼、普通が遠い。普通に働いて、普通にそれでいいって思えたら、どんなに素晴らしいでしょうか。

 どうせ遠いなら、私なりに、世の中の普通と対決してみようかな。普通に生きないとどうなるのか。本当に40代でワーキングプアになるのか(笑)。

 普通って、なんだろう。

 これが私の人生の命題です。
 小学生の頃にシビアなイジメにあったときも、(そんときに、初めてシビアって言葉の意味がわかったんだけども)、おぼろげにわかってた「私が普通じゃないからイジメられるんだ」って。私は、自分的に楽しい事を思いつき過ぎるし、感性が過敏すぎる子供でした。
 中学でやっと普通に振る舞うコツがわかったけど、結局は放棄しちゃって。
 高校は、女ばっかりでつまんな過ぎて、海外逃亡。スカート丈を短くして反抗するよりも、海外逃亡のほうがスケール大きくてイカすって思ったもん(笑)。
 大学で考古学やって、穴掘りの虜。すんごい、楽しかった。地べたに触れて考える作業がスゲー楽しかった。ま、学費が振り込めないという家庭の金銭事情に愕然として就職しましたが…。

 じゃ、次は?

 どうせ、今から普通の会社員は無理だと思う(笑)。

 普通が遠い。普通が遠い。

 オカシイならすっごい近いのに!!

 どーすんの、自分?だから、どーすんのさ!!

 まだ、普通に未練があるなんて、自分でも情けないなって、思うよ〜。普通だったら楽だったろうって、心底思ってる。

 もう、すでに、苦しいなら、普通なんか、諦めるのなんか、やめたらいいかな。でも、自分で決めることの怖さに、私、耐えられるのかなぁ。

 今までだって、自分で決めてきた。

 これからだって、自分で決めて行きたい。自分の人生を自分で生きていたい。

 普通にできないから、普通の社会に反抗。

 そーゆー、オイラ。

 それしか出来ない?

 チガウ。

 それが出来る!

 迷うのはいいこと、迷わないのは考えないと同じだから。でも、決断できないのは、迷わないのと一緒かもね。

 社会に対して反攻作戦展開中。

 よし、全部、3年でどうにかする。

 まだ、戦える。もっと、戦える。

 不満顔でダラダラ生きたりしない。
 ビビって、泣いて、悔しがって、笑って、踊って、転んで、また立ち上がって生きてゆく。ツマンナイなんて思う時間がツマンナイ!

 ほら、書けば持ち直すんだよ、私。迷いの理由が見えてくる。最後にはそれしかないんじゃん。

 結論はいつだって、自明の理。

 まぐちゃんVer.2.0起動です!
posted by まぐ at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

整体のこと(一)

 12月に整体のことを書くと告知しといて結局書き始めるのが1月ですよ〜。ちょっと遅すぎですね。あはは。

 はじめに宣言しておきますが、以下の文章は私の体験と感覚を元に書いていますし、私自身が整体の勉強をしたのでも詳しいわけでもありませんので、よーくご承知おきのうえお読み下さい。

 では、今回は活元会のこと。
 簡単に云えば、みんなで集まって体操する会です。一応(?)この活元会に数回来てからでないと、操法を受けられないということになっておりますので正規の入門ルートで云えば入り口ですねぇ。
 でも、私の活元会デヴューは操法よりも10年も後でした。なんで、そんなに後になったのか、と云うと会誌に載っている写真が怖かったから(笑)。
 会誌の写真では沢山の人が集まって座っているんですよ。人見知りの私は怖じ気づいてあんなに沢山の人がいる所に一人でなぞ行けない!と思い、「活元会には『絶対に』行かない」と豪語してました。私の大好きな『絶対』ですよ、でもとってもあてにならない『絶対』・・・。

 ま、実際に某地方支部の活元会に行ってみたところ写真のように人でごった返してはいませんでした。しかも、私の先生の会は人が少なくってとっても良かったのです。

 なんで人が少ないと良いのか。私の行く地方支部はオバサンがのさばってることが多いんですよ・・・。このオバサン達って無神経で図々しい上にすぐに偉ぶりたがるんです。
 活元会に20代の人が参加してるのって(某地方支部では)珍しいので、奴らは先輩風を吹かせたいんですね。やれ「最近始めたのか」とか「続けることが大事」だとか「今時分はどうするのがいい」とか、他には整体自慢とか・・・・正直、あんたらみたいな締まりのない体してる人に云われたくないですよ。申し訳ないがアナタ達の整体歴より私の整体歴のがずっと長いんですが、何か?ですよったく(笑)。
 しかもそういうオバサン達は相互運動になると「やってもらう気」満々。『相互』という言葉の意味がわかってないんでないかと・・・。

 まぁ、活元会で出会うオバサン達の中にもちゃんと整体やっている人の体になってる人もいるので相互運動の時にはその人と組めるように上手に席取りするのも大切です。近頃は出来る人の方から逆指名的にご挨拶頂くこともあって、そういう時は嬉しいですね。わー、私も整体の人っぽくなってきたのか〜、俗っぽさが抜けてきたなぁ〜、みたいな(笑)。

 余談ですけど、私は整体の浮世離れした空気感が好きです。俗という毒気が薄いというか、わかりやすく云うと「テレビ見なさそう」な人が多いんですよ。そして、朗らか〜にしてる。(だから、そういう空気を乱してるオバサンたちが嫌でしょうがないのかな。)

 で、活元会は先生のお話が30分〜45分くらいあって、その後活元体操をやります。
 先生のお話は床に正座で座るか、足の悪い人は椅子に座るかして聞きます。足がしびれたら組み替えても、少し崩しても大丈夫です。だいたい、皆さん真面目にじっとして聞いてられるのですが、近頃の私は全然ダメです。
 何がダメって、道場入って座ったら運動が出始めちゃってじっとしてられない!話は真面目に聞いてるけど体はじっとしてられないって感じで、だいたい左右に揺れてます。
 幸い整体はそういう自然の動きに対して咎め立てしないので、何か云われたことはないですし、私も止める気がありません。

 体操自体は、三つの誘導運動をしたあと、目を閉じてポカーンとしているだけですので難しくはないのですが、難しくないところが難しい・・・。
 体は動くように動かしていればいいので、揺れている人もいれば歩いている人もいるし、飛び跳ねている人もいるという感じで、ラジオ体操的な整然とした感じはありません。ある意味究極の個性発揮状態。

 誘導等についてはは野口先生の本を読んで頂くとして、運動が出るか出ないかについて話そうかと思います。

 私の場合、戸惑ったのは最初の2回くらいでした。あとは、もう適当にやって出来てます。慣れてくると、今日は良かったナとかいまいち〜とか感じられるようになりましたけれど最初は自分の動きの流れを探すので精一杯。

 ポカーンとしてるのがけっこう難しくて、ついつい考え事をしそうになります。ただ、何かを思いついても「考えを追いかけなければいい」そうなので思ったことや脳裏に浮かんだことはそれはそれで、つけっぱなしのテレビみたいに流しっぱなしにしてます。そうすると、思いも寄らぬことを思い出したりして面白いこともあります。このあいだは、唐突に冬コンの様子を思い出して一人ニヤニヤしてしまいました(笑)。ま、そんなもんです。思い出したからといって、追いかけずに放置、放置、してると、けっこう思い出すんですよ〜。でもまたすぐ忘れるけど。

 一人での活元体操が終わると、今度は二人で組になって相互運動。年の若い方が後ろに立って、前の人は座ります。初めての場合は若くても前になるかもしれませんが、基本は年齢です。もちろん、いちいち年齢を聞いたりしませんのでその場の空気で前後は決まります。
 私は初心者だった頃を除いて100%後ろです。たまには前もやってみたいと思うのですが、年を取ってからの楽しみですねぇ。

 一回目の相互運動が終わると前後を入れ替えて、今度はお互い立った状態で相互運動です。で、二回目が終わると、おしまいの呼吸をやって終了。

 体操中はだいたいクラシック曲がかかってます。私は最初から最後までクラシックがいいのですが、先生によっては二回目の相互運動でサントラ系をかける場合もあります。うーん、でもやっぱり私はクラシックだけのが好き。

 体操中に先生が回ってきてくれて、癒気してくれます。しない先生もいるのですが、それはケースバイケースのようでどうしてなのかはわかりません。技量の問題もあるのかな?
 私が最初から見てもらっている先生の癒気はすっばらしく素敵なので、活元会の楽しみの一つですね。

 終わると、私は大急ぎで帰ってきてしまいます。うっかりのんびりしているとオバサン達が色々云ってくるのでそれが面倒。
 どうやら、オバサン達は終わった後にお茶をしているようですが、私は活元会の後ですぐに茶菓子を食べられる人がいまいち理解できません。私はしばらく水を飲むくらいにしておきたい気分になるのになぁ。

 活元会から家に帰ると、そのまま午睡する率が高いです。怠いとか疲れた、というよりもともかく純粋に眠い。寝て起きるといつも以上にすっきりしてるので、嬉しいですね。体操するのが嬉しくて、午睡するのも嬉しくて、どんだけ嬉しいのかと。嬉しいことが沢山あるとやっぱり好きになります。今年はもう少し頻繁に活元会に行かれたらなぁと思いますが・・・・おばさん達がなぁ・・・。

 ちなみに、誘導の体操さえ覚えれば自宅でも体操ができます。私は寝る前にするのが好きです。なにせ、夜更かしした日も体操して寝れば翌日割と動けるので(笑)。まぁ、夜はちゃんと寝るに越したことないのですが。
 肩こり、腰痛なんかにもいいです。私は肩こりも腰痛も治りました。人生で一番肩こりと腰痛が酷かったのが高校生の時という(笑)。いまはどれだけパソコンやって肩が痛くなっても体操すれば翌日に持ち越すことはほとんどないです。痛みのない人生ってすばらしいですねぇ。
 こんなに便利な体操だったらもっとはやくにやっておくのだったと今になってみて思います。写真なんかに怖じ気づかずにどんどん行けば良かったのになぁ。

 活元会は指導してくださる先生によって雰囲気も話の内容もちがいますから自分に合う先生の会がやっぱり一番ですし、メンバーによっても全然違う感じになります。
 なかなか、コレっていう会がないなぁと私自身も思うのですが勇気をもって色々な活元会に参加してみるのもいいかなと思ったり。今年は突撃となりの活元会って感じで頑張ってみようかしらん。

 と、そんなこんなで「整体のこと(一)」でした。次回は操法の話かな。



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2006年11月29日

整体のこと (序)

 私は野口先生の整体を愛好するただのアニメ系ヲタクで、整体の勉強をしたことも、支部の古株でも、ましてや協会関係でもありません。だから、整体のことだけを取り上げて記事を書くつもりはありませんでした。

 けれど、数回に分けて整体のことを書こうかと思います。
 といっても、技術的な事は書けません。せいぜい、私が整体にたどり着いた経緯、お家でやる活元体操のこと、操法を受けること、くらいでしょうか。

 それでも書こうと思ったのには理由があります。最近、整体関連の用語を検索してこのブログにたどり着く方が月に数人いらっしゃるようなのです。
 これまでも、数ヶ月に一回くらいはそういった検索ワードでここにいらっしゃる方がいらしたのですが、夏頃から月に一回から二回に増えています。

 私は、このブログを日記+アニメ、マンガの感想をメインの記事にして運営しているので整体のことが知りたくて来た方にとってこのブログは不親切な内容になっていると思います。そこで、ここらで整体についてまとめて書いておこうかと思った次第なのです。

 先ほど「不親切な内容」と書きましたか、今回以降数回にわたる記事が親切な内容になるのかと云えば、やっぱり不親切な内容になるだろうと思います。なぜなら私は私の経験を書くことしかできませんし、整体は言葉で説明できるようなしろものではありませんから。
 それでも、整体だけに絞って記事を書けば今までより誤解が少ない形でつたえられるのではないかと思うのです。(つまり、私のこれまでの記事内容があまりにもいい加減だったと、書いた本人が反省しているのです・・・。)

 というわけで、次回は活元会のことを書く予定。掲載は今週中のうちにはと考えてます。
posted by まぐ at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

どーでもいいことないっ!

 私、学者になりそこなってから内心では結構腐ってました。(え、腐女子ってことじゃなくってよ。)そらさ、お金稼ぐと買い物できるし、遊べるし、家にお金を入れたりもできるよ、でも、私はそんな事よりも勉強してたかったわけでさぁ。もちろん、お金があったらやってみたいことっていうのは色々あったけど、そんなのは二の次だった。

 でも、どーにもお金が回らんちゅーことで、働きに出たよ。八つ当たりされるのも、故なく叱責されるのも辛かったけど、なにより「こんな仕事」するのが嫌でたまらなかった。自分が何が好きかってことが明確にわかっているだけに、どうしても比較してしまうし、比較すれば落ち込むよね、やっかし(笑)。
 でも、戻れるはずもないじゃない。あんな形で捨ててきてしまったのに、戻れるほど優しい世界じゃないし、戻ったってお金が稼げないんだから。バイトだって考えたけれど、稼ぐほどバイトしたら本業は出来ないんだよね。それは院の2年間やってみてよくわかった。私には、そこまでの体力はないんだよ。

 だから、無理だ。

 叶わない夢だってあるってことだよ。ホント、絶望。こんなに好きなことができないなら、生きている意味ないんじゃないのかって思う日もある。
 博物館や現地説明会に行くととても楽しいのに、帰りには泣きたいほど辛くなる。そのまま首括って死んじゃいたいくらいだ。そんな気分になるのに、それでも、仕事を休んで説明会に行くのは、好きだから。好きなのに、好きなのに、それを仕事にはできない。努力や根性じゃどうにもならないことも人生にはあるんだね。

 でもさぁ、だからって私の人生がどーでもいいってことにはならないんだよ。首括るより、たぶん、しんどいけども、私はやっぱり前を向いて生きていきたいし、それは死んじゃった大切な人の為にも、そうしなくちゃいけないって思う。

 昨日、私は考古学を辞めてから初めて「(考古学を出来ないくらいなら)私の人生なんてどーでもいいし」と云ってしまった。「もう、頑張らないし、努力もしない。そんな事したって意味ないんだから。」とも云った。
 云ってしまうその瞬間まで、そんなことを云ってはいけない、とずっと考えていたのに、云ってしまうのはとても簡単だった。

 今はね、後悔してる。だってそうやって腐ったって、何にもならないから。自分を粗末にあつかったなって、反省してる。だから、昨日の自分に云ってやるんだ「どーでもいいことないっ!」って。

 私は私の人生をもう一度取り戻さなくちゃ行けない。叶わなかったとしても、夢を描くことのできた自分はすごいと思うし、叶わなかったからこそ成長できた部分もあると思う。
 いつか修士をとった学問を職業にできなかったことを「もったいない」って云われない人生にしたい。私が歩いた道程はどんな紆余曲折があったとしても私にとって大切な過程のはず。今だけを見てどーでもいいなんて考えることが、これまでの道程を無駄にしてしまう。だから、根気よく。あきらめないこと。


 もうすぐ九月二十七日。まだ、がんばれる。
posted by まぐ at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

坂本真綾 「DIVE」

 坂本真綾氏、天空のエスカフローネでのデヴューから存じ上げてますけれども、CDをちゃんと聞いたのは初めて。

 透明感のある水彩画のような歌声が流れると、手を引かれるように物語の世界に誘われる。
 もともと、異世界癖のある私は、さながらアリスのように歌の世界に飛び込んでいた。
 明るい水辺、笑いかける誰か、雨降りの道・・・・めくるめく異世界旅行は、少女趣味に安定と不安定を行き来するのに、どこか確実でサイケデリック。

 最後まで帰り道を意識することのない旅路だったのに、最後のトラックで道が示される。まるでプールの底から空を見上げた瞬間のように。間違いようのない道が見えたら、もうまっしぐら。

 明日ももうちょっと頑張れるかな、そんな気になって私はもとの世界に帰ってきた。生まれ直すことはできなくても、洗濯するくらいはできるだなと、そんな気分。
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2006年04月20日

悲しい現実

 この間、種系のファンサイトで「このサイトは○○に厳しめです」というアイコンを見ました。○○にはキャラ名やカップリングが入っていて、管理者の主義主張として入り口の所にペタペタ貼ってあるのです。多いサイトだと4つ以上貼ってありました。

 私は正直ショックでした。そしてショックなのと同時にゾッとしました。そういうアイコン表示ってとっても排他的で一緒に楽しもうという精神が欠如してるんじゃないの?って思いました。
 そもそのファンサイトや二次創作って、私の好きな物をみんなで共有しようゼイって気持ちがあって成り立つものじゃないですか。なのに、このキャラはダメ、あのカプは気に入らない、とかその程度の差で(私からみたらその程度の差でしかないのです)排除する必要があるんですかね。
 もし主義主張があるなら、私はコレが好きって表示すれば十分じゃないんですか?わざわざ排他的な表示しなくってもいいでしょうに。

 そこで、私よりも種系ファンサイトの詳しい某方に伺ってみたところ、種系のサイトではキャラの好みや推奨カプの違いでフレイムになることがままあるそうで、そういう被害を避ける為に貼り付けるのだそうな。

 そう説明されても、私はまだ理解できません。なんで、その程度のことでフレイムまでいっちゃうんでしょう?どうして、そんなに攻撃的になるのでしょう。排除対象になるキャラだって種という作品を成り立たせる一要素なのに、どうしてそこまで出来るのか理解できません。

 そこで再度、某方に「キャラあっての作品、作品あってのキャラなのにどうして火種になっちゃうの」ときいてみた所、種の場合「キャラ」と「作品(ストーリー)」は別物なのだという解説が!!

 な、なんですと!

 事態が予想以上に深刻であることに私はやっと気づきました。
 種という作品においては、ある特定のキャラクターを愛すれば愛するほど、作品(ストーリー)そのものが気に入らなくなる、他のキャラクターが気に入らなくなるんだそうです。某方に云わせると、「キャラクターから入ると、ストーリーが許せない」(衝撃的だ・・・)んだそうです。ストーリーが許せないのに、ファンサイトをやるんですか?あ、これがキャラ萌の極意?

 もちろん、私もストーリーが許せなかった事があります。それはハガレンの最終回と映画版です。ただ、それは私がハッピーエンド主義者を自認するほどの大団円好きだから、あの結末を幸せと思えなかっただけです。けっしてエドやアル、ウリンリィ、大佐や中尉など特定のキャラをごひいきにしているからという訳ではありません。(ただ、ハガレンのハッピーエンドの定義の中にエドリィ要素を求めてはいると思いますが・・・。)それに、エドが好きだからアルに厳しいとかリィが好きだから中尉に厳しいとか、そういうのもないですし。

 私は種という作品がここまでキャラクターとストーリーが乖離して受容され消費されているなんて知りもしませんでしたし、思いもよりませんでした。
 キャラクターとストーリーは不可分な存在だと、私は考えています。それこそ精神と肉体のように。けれど、その二つが引き剥がされて、むしろ引き剥がされたからこそ大量に消費されているとしたら、とても気味の悪いことのように私は感じられます。
 種のファンサイトにはもうご贔屓キャラは違えど、推奨カプは違えど、同じ作品を愛でる仲間として広く交流をはかるという余地はないのでしょうか。そんなのって、つまらなくないのかな?色々な感じ方の人がいるからこそ、楽しいんじゃないの?って私は思うのですが・・・。

 もちろん、種シリーズのストーリーがはちゃめちゃでカプもグダグダなのは私も承知してます。ファンがストーリー展開に引きずり回されて酷い目にあっているのも理解できます。でも、だからこそ、排他的にならないで欲しいって思うのです。フレイムを発生させるひと、これが一番悪いとは思いますけど、だからって自分が贔屓してないキャラや推奨しないカプのファンまで排除しちゃったら、自分もつまらないと思うのです。

 きれい事を云ってるよなぁって自分でも思うのですが、なんかもう切なくっていても立ってもいられないので書いてみました。

 そんな種シリーズですが、まだまだ続くようです。次は「STARGAZER」だそうです。今度は種シリーズで絵コンテをやっていた西澤晋氏が監督、作画監督をやっていた大貫健一氏がキャラクターデザインということで、種シリーズの系譜を引きながらもマイナーチェンジしたみたいです。個人的にはキャラデザが大貫氏なら、もうちょっとキャラクタの年齢を下げた方が生きたんじゃないかな、なんて気がしますが。そんなことないかなぁ。まぁ、たぶん、私は見ないだろうけど(笑)。
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2006年01月28日

15時のあなたへ

 このブログにはアクセス解析がついてます。たまに、アクセス解析のチャートを見るのですが、いろんな人がいろんな所から来てくれて、とってもうれしいです。こちらが予想もしてないような検索ワードでここに飛んできて下さったりするのを知ると、ネットの広さにワクワクドキドキします。どうもありがとうございます。

 そんな風にアクセス解析をみていて、はたと気づいたのですが、毎日のように15時前後に来て下さる方がいます。アクセス解析と云っても、細かいことはわからないのでどこの誰だか、さっぱりわかりません。たまたま15時頃にアクセスが多くなるだけで毎日違う人なのかもしれません。でもね、なんだか同じ人が来てくれているような予感がするのですよ。

 その人はもしかしたら、オフラインでも知ってる人かもしれないですし、もしかしたら地球の裏側の全然知らない人かもしれません。

 今日は、15時にきてくださるあなたへお礼を云いたいと思います。

 こんな辺鄙なブロクに来てくれてどうもありがとうございます。内容はしょうもないし、不定期更新だけど、これからもどうぞよろしくお願いします。
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2006年01月13日

正お兄ちゃんについて語らせて!!

 あーっ、もう我慢できないわ。私に正お兄ちゃんについて語らせて頂戴ませ!

 LaLa2月号を読み返しながら激しく正お兄ちゃんを見つめてしまう今日この頃。私はどうしてこんなにも正お兄ちゃんが好きなんでしょう。

 家事ができて優しいのも、もちろん魅力だけど、それ以上に私は彼の二面性に惹かれているように思うのです。

 女装してはしゃいでる時のお姉ちゃんモードと凛々しい長男のお兄ちゃんモード。どっちも正お兄ちゃんなんだけど、その入れ替わりが絶妙!

 2月号でも、ほっぺにちゅうする前のコマまでやわらかお姉ちゃん風味だったのが、ちゅう後のコマでは凛々しいお兄ちゃんになってる。しかもカップを持つ手がお兄ちゃんの手!(私は手フェチ…)私はこういう正お兄ちゃんの二面性が大好きなんです。ああ、憧れちゃうなぁ。

 正お兄ちゃんの事を考えれば明日の仕事も頑張れそうだわー。
 ありがとう、正お兄ちゃんvv
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2006年01月10日

『博士の愛した数式』を読んだ。

 昨日の夜中、布団の中でずるずると読書をして、一冊読んじゃいました。それほど長くなかったっていうのもあるけれど、読みやすくてさらさらと進んで行けからでしょう所要時間は2時間半くらいでした。

 読んでみた結果、あと1.3倍くらい長い話にしてもいいんじゃないかと私は思いました。特に「博士」の過去やどうして子供に優しく大切にするのかをもう少し書いてもらえると、私はもっと小説の世界に近づけたんじゃないかって気がしてしまうのです。
 けれども、読者が主人公と同じだけの情報しか持たないというのは、主人公の視点にたって読書をするにおいてはたぶん重要なことなんでしょうねぇ。あまり客体的になっちゃうと、純文学って面白くなくなっちゃうし。作者はその辺りを考えて、博士に関する情報量を減らしたのかもしれません。

 ストーリーですが、どんでん返しとか急展開とかないけれど、実生活の延長線上にありそうで、でも実はさっぱり出会えない、いたわりあう大切さを思い出させてくれる小説でした。

 とくに終盤で「江夏豊のカード」を一生懸命に探す様子は、博士を喜ばせたいという主人公とルートの直向きさが素直に表現できていて、共感できました。
 誰かを喜ばす為に頑張る時間は自分の喜びでもあってそういう時間にはとても価値がある。おそらく、世の中の大半の人が経験しているであろうそういう時間を文字化することで、再認識させて、私にもそういう有り難い時間があるじゃない、と気づかせてくれる。いわゆるひとつの「プラスレス」に感謝する感動がある小説でした。(ああ、一気にノリが軽くなってしまった・・・・)
 「プライスレス」に感謝する小説って純文学的に極めて正しくって、「一杯のかけそば」と同種の喜びを私に与えてくれたと思います。私、「プラスレス」大好きだから。


 で、なんとなくきれいにまとまった所をぶち壊すような発言をします。

 「博士」が数学者でなくってアニメや漫画、ゲームなんかのヲタクだったらどういう展開だったんでしょうか・・・。

 「博士」は数学だからそれを武器にトークをしても、主人公はそれを自分を守るコートなんだなんて優しく解釈してくれますけど、これがガンダムトークだったら?

 もちろん「博士」の年齢や境遇などを差っ引いて考えなくちゃいけないってことは承知してますよ、でも、どうでしょう。あれれ、なんだか「電車男」ににていませんでしょうか。ただ、大きく違うのは「電車男」は脱ヲタク男をしたのに対して、「博士」は数学男のまんまだったという・・・。それは前述した設定等にも理由(「博士」は変化しようがない時の止まった人なのですから)があるんでしょうけれども、それ以前に数学だから許されるんでしょうねぇ。やっぱりガンヲタじゃ成立しないと思う。

 でも、「博士の〜」の主人公はやっぱりエルメスですよね。ヲタク要素を差っ引いてその人の本質や優しさを見いだして行くあたりはとっても。(まあ、電車男は基本的に電車の視点で描かれてますからエルメスサイドが電車をどう見たかというのは本筋ではありませんが・・・。)

 じゃ、もしも「博士」はガンヲタとかプラモヲタとかアニヲタとかそいう設定で書いたらどうなるのでしょうかね?っていうか、そういう設定でパロディを書いても面白いかもしれませんよ。誰か書いて下さい(笑)

 そんな感じでもうすぐ映画が公開にになる『博士の愛した数式』の雑記でした。
posted by まぐ at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | *miscellanies* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

本当は

 本当は、小説家になりたかったのです、私。

今だって、頭の中には物語があって毎日少しずつ考えてます。脳内プロットって感じかな。

 私が14歳の時に読みたかった、物語を書いてみたいと思っているのです。だから主人公は14歳の女の子。基本的にはgirl meets worldな話。少女らしい一途さや危うさ、そして強さをたっぷり書きたいって考えてます。

 書きたい気持ちと内容が完全になるまではもうしばらくかかりそうだけど、年明けには書きはじめられるかなぁ。
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2005年12月06日

子供を守るってこと。

 小学生が殺される事件が立て続けに起きてますが、どうしたらいいんでしょうね。

 たぶん、日頃できる事って云ったら登下校の子供がいたらさりげに見守るくらいですよねぇ。私はべつにPTAでも、交通おばさんでもないんですから。

 でも、こうも連続で殺人事件がおきると、ほんとにそれだけでいいのかなぁと思ったりもするのです。

 やっぱり、親が責任を持つしかないんでしょうかねぇ。
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2005年09月11日

4年間郵政民営化でくらすのですか・・・・

 選挙速報が始まりました。自民党が圧勝ですかー。あーあ、って感じですなぁ。

 衆議院選挙って解散がなければ4年ごとに選挙なんですよ、4年間も自民党に任せてもいいんですかね。ちなみに小泉の任期は来年の秋までですよ。郵政民営化っていう一瞬の出来事で大切な4年間を棒に振っていいんですかね。年金とか税金とか少子化とか、そういう問題をスルーしちゃっていいんですかね。
 社保庁も解体しないし、国債は増えるし、子供が加害者や被害者になる社会なんて私は嫌だ。
 社会の二極化を推し進める小泉でいいんですか。最低課税率を下げて、大企業に有利な税制になり、労働形態の変化に追いつかない年金制度によって生じる無年金者が増加して、本当にそれでいいんですか。

 あーあ、もう日本に住むのが嫌になってきた・・・・。
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